【中道を考える】道は一直線ではない。

中道とは、仏教の基本となる教えの一つ。簡単にいえば、中道とは二つの極端な道に偏らないことです。(仏教エピソードでも取り上げています)

そして、この中道の教えは、良く勘違いされます。

「偏らなければいいのであれば、真ん中を進めばいい。つまり中道とは、なんでも真ん中をとるということでしょう?」と。

これは誤解です。中道は、真ん中をとるということではありません。

では、どのように考えたらいいのでしょう?

それを言葉で説明するのに、私も試行錯誤しているわけですが、今回は、私が「あっ! これ、わかりやすい」と思った話をご紹介したいと思います。

中道は道。山を登る時、道はどうなっていますか?

これは、ある時、僧侶仲間と話していた時のことです。

中道は真ん中ではない。この事をどうしたら、わかりやすく説明できるだろうか?

そして、彼は「老僧からこんなふうに聞きましたよ」と、私にこんな話をしてくれました。

「例えば、ここに山があるとします。私達が、山の麓から頂上へと登る時、その距離をどのように測るでしょうか?

大抵、皆、単純に考えて・・・・・・、山の麓から頂上までを一直線に結ぶ距離を想像してしまうのだろうと思います。

しかし、実際に登る・・・・・場合、そんな一直線な道なんてありえません。

例えば、こんな風(青線のよう)になっています。

障害物を迂回したり、歩きやすい道を選んだり、一本道とも限りません。

中道っていうのは、決して麓から頂上にかけて、まっすぐ一直線に結ぶ線ではありません。

ましてや、そうやって無理矢理、まっすぐ、最短距離を、ど真ん中に歩む道では決してない。

私は、そのように教えてもらいましたよ」と。

頭の中だけで理解しようとすると、実際に道がどのようになっているか、わかりません。

しかし、実際にこの身で、この足で歩きだすと、道がど真ん中なんていうことはありえないことが身に沁みます。

中道は言葉ではなかなか説明しずらい部分もありますが、この例え話は、そのことも上手く表現しているのではないでしょうか。

道は、曲がりくねっています。ある時は左により、ある時は右によります。道を進む時、自分はどのように歩んでいるか。まずは、頭で考えるより、その身を振り返ってみるのもいいのかもしれません。

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