【本日の質問(坐禅会)】老師や和尚など様々な呼び方について

夜坐と臨時坐禅会を終えて

昨日の夜坐に続き、本日は臨時で坐禅会を致しました。

夜坐をご参加の方、お気づきだったでしょうか?

昨日から廊下の内部に簾をして、風が通りやすいようにしました。

今まで閉めきっていたので、夏はどうしても暑かったのですが、これで少しは緩和されたでしょうか?

まぁ、昨日は暑かったので、少しわかりにくかったかもしれませんが、本日の坐禅会では、上手いこと風が循環していたように思います。

曇りだったことも、影響はあるのかもしれませんが。

暑からず寒からずというのも坐禅の大事な所。決して厳しい環境を強いて、我慢するものではありません。

イメージ的に勘違いされがちな所ですが。

少しは快適に坐れるようになっているのであれば幸いです。

ご参加頂きありがとうございました。

茶話会の振り返り

昨晩の茶話会ではたくさんの質問を頂きました。話が長くなってしまって申し訳ありません。

話が尽きないので、どんどん話してしまいますが、時間が無い方は遠慮なく帰ってもらって構いませんので、茶話会は気軽にご参加くださいね。

以下、茶話会での質問を何点か挙げておきます。

敬称について

昨晩の茶話会では、老師や和尚など様々な呼び方についての質問がありました。

確かにお坊さんには様々な呼び方があります。

お坊さん

このお坊さん(坊主)も一つですね。坊主という言葉も元々、ぼうぬしという意味です。

「坊」について、禅学大辞典には以下のように書いてあります。

坊はもと境界を示す盛り土。転じて、区画された町、また町の区域の意。ひいて別当の建物。また房と通用して部屋の意。てら、僧の住居、僧坊。また僧舎の比隣するのを坊という。区院のこと。

坊は僧侶の住む建物。寺院。あるじが坊主です。そこからお坊さんとなったわけです。

ボウズっていうと、なんだか違う印象を受ける人も多いかもしれませんが、元々はこのような意味から来ている言葉なんですね。

語源を辿ると、その敬称の意味もなんとなく掴めると思うので、禅学大辞典などの辞書をひいて、調べてみるのもいいですね。

では、実際にどのような敬称を使えばいいのか、手紙を書く場合など悩むとの質問もあったので、一応私達が、手紙を書くときは、こんな敬称を使っているという事もお応えもしました。

しかし、それは必ずしも正解というわけではありません。宗派によっても敬称の捉え方が変わるものです。

また、その敬称にどのような意味を込めるかで、その真意は大きく変わります。

例えば、私はお釈迦様とは言いません。お釈迦さんと言います。その背景は仏教エピソード第12話「第二の矢」でも触れています。

敬称自体も、元は形式上ではなく、その人とその人の間の敬いの気持ちから生まれてきたものだと私は考えています。

その気持ちが肝心な所。

だから、形式という外側だけでなく、中に意味を込めていく、中身を込めていく。そして、中身を込めるためにも、外側の本来の意味をよく知ることは大切なことなのだと私は思います。

つまり、語源を知ることや、今現在、どういう意味で使われているのかを知ることも大事なことなのでしょう。

ピッタリな敬称というのは、そういう風に各自、自然と付いていくものなのかもしれません。

三宝について

上記の敬称の話から、三宝についての話にも発展しました。

仏ってどういう意味なのか?

法ってどういう意味なのか?

僧ってどういう意味なのか?

その言葉の意味は捉え方で随分変わるものです。

仏については以前ブログである程度、まとめさせていただきましたので、そちらも参考に。

また、僧についても仏教エピソード第22話「善き友」で少し触れていますので、そちらを参考に。

法という言葉もいずれまとめてみようと思います。(メモ)

諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教

本日の坐禅会では、「無になりたいと思って来ました」という方もおられました。

どうして無になろうと思うのですかと、尋ねたところ、悪い事を起こそうとする考えを無くしたい。そんな答えが返ってきました。

善悪について話す上で、七仏通戒偈と呼ばれる「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」を題材にしました。

この話は、仏教エピソード第35話「大事な当たり前」でも扱っているので、そちらも参考にしてください。

また重ねて、四聖諦の話をろうそくの炎を使って簡単に説明させていただきましたが、詳しくは法話でも扱っているので、また法話にも、是非参加してください。