見ようとすれば見えなくなる|望遠鏡

このあいだ、物置の奥深くに眠っていた天体望遠鏡と久しぶりのご対面を果たしました。

確か買ってもらったのは、小学生の頃だったでしょうか……。

夜空に浮かぶ星空。

Felix MittermeierによるPixabayからの画像

「星をもっと観てみたい。望遠鏡で見えるかな?」

「土星の環とか木星の縞模様とか見えるかな?」

WikiImagesによるPixabayからの画像

そんな期待に胸をふくらましていた子供の私は、現実を知りました。

「ピントが合わない」「星が見つからない!」「見えない!」「望遠鏡ムズ(難)!」

私の記憶には、こういう印象しか残っていません。

たとえ目視で星を捉えられても、それを望遠鏡で捉えるのは、結構難しいのです。

見ようとすれば、見えなくなる。

さて、望遠鏡がなぜそんな難しいのか。「見る」ということに触れながら、その理由を説明したいと思います。

「見ようとする」とは?

これはカッパドキアのキノコ岩の写真です。

キノコのようになっている岩がたくさんあります。これは人工的につくったものではなく、自然にできたものです。

岩の上の層が固く、下の層が柔らかいため、風化などによって、このような形になったそうです。

「今でも風化によって削られているため、この風景もいつかは変わっていく……。ほらもう崩れそうな岩があるでしょう!?」とガイドさんに言われて、私はこの写真を撮りました。

今にも崩れそうな岩があります。皆さんわかりますか?

「あ、あった!あった!」と、目標の物をみつけました。

「すごい!すごい!あれって自然にできたものなの!?」と私は目を凝らしました。

しかし、少し遠いのでよくわかりにくい……。「もうちょっとよく見たいな」っと思ったら、次はどのような行動にでるでしょうか?

私は、もっとよく見ようと思って、この岩のすぐ近くまでいきました。近づけば、より大きく、より細部まで見ることができます。

これが「見ようとする」ということです。

望遠鏡の場合

よく見たい。しかし、場合によっては、近づけられないことがあります。

こういう時は、どうするか。こんな時こそ、望遠鏡(双眼鏡)の出番です。

近づかなくても、まるで距離を縮めたかのように、対象物を拡大して、見ることができます。

今回も見えやすいように拡大しましょう。

これは先ほどの写真より、約5倍、拡大しました。

双眼鏡や望遠鏡にも倍率というものが記載されています。例えば5倍であれば、100m先にあるものが、裸眼で20mから見た時と同じ大きさで見えるということです。距離を5分の1まで縮めて見ると言い換えることもできますね。

こちらが約10倍です。

このように大きくしていくとわかりやすいのですが、像がぼやけてきます。写真をただ拡大しても、このようにピンぼけしてしまします。(↓約50倍)

ピンぼけ。つまり、ピントがあっていないわけですが、望遠鏡や双眼鏡などでも、ピントを調整する必要があります。この写真を撮ったカメラも同じです。(カメラは自動で調整してくれうものも多いですが)

私達人間の目も、物を見ようとする時、レンズのような働きをする水晶体の厚さを調整して、対象物にピントを合わせています。

要するに、ピンポイントに対象物を捉えるための調整を、人間の目は自然に行っているわけです。ピントを合わせる、焦点を絞る、フォーカス(focus)とも言いますね。

「見えなくなる」とは?

さて、こうして、物事を見ようとする時、視野はどうなっているでしょうか。

視野とは、見える範囲のことです。

この視野はわりと広くて、正面を向きながら、顔の横で手や指を動かすと、何か動いているのを感じとることができます。もちろん、はっきりとは見えませんが。

人間の目であれば、対象物にピントを合わせても、拡大しているというわけではないので、物理的に視野が狭まるということはありません。

このような視界に入ってくるものが見えるというのも、「見」の一つです。

しかし「見ようとする」と、意識では、ピンポイントに対象物を捉えることに集中しているので、おそらく、視野の端っこにある物の事など意識にも留めないでしょう。

意識にも留めない、気にしない。見えているのに、見ていない。

これが「見えなくなる」ということです。

望遠鏡の場合

この「見えなくなる」というのは、望遠鏡のほうがより実感しやすいはずです。

例えば、カッパドキアのキノコ岩の写真。拡大するとどうでしょうか。

より大きく、近くに見ることができますが、当然のことながら、この時、視野は狭まってしまいます。これ以外の場所は、見えません。見ることができません。

赤枠以外の景色は、見えないのです。

より近く、より大きく見ようとすればするほど、この見える範囲は狭くなっていきます。

望遠鏡の場合、低倍率で30倍~70倍とされています。高倍率で140倍以上です。

この写真で50倍ですから、望遠鏡でいえば、低倍率のものですね。

さらに望遠鏡の場合、常にこの倍率です。常にこの倍率のまま、目標の物を探さなくてはいけないのです。

(望遠鏡でも接眼レンズと呼ばれるレンズの倍率を変えれば、倍率の変更はできますが、その倍率の値の差は大きいです。例えば40倍の次は80倍と言った具合に。ですからカメラのように、ズームアップ、ズームバックはできません。少なくとも、私の望遠鏡はそんなにハイスペックではないです……)

50倍であれば、この写真を250等分して、一枚一枚探していくようなものでしょうか。

このように、全体を見渡す、一望するということが望遠鏡にはできません。

しかも、このような景色を見ている場合は、目印になるものがたくさんありますが、星を見る場合、星があれども基本的に空は真っ暗です。

景色であれば、一発で目標物を捉えられなくても、少しずつずらしていけばいいわけです。もう少し右、もう少し上という具合に……。

しかし、星空の場合、一発で目標物を捉えられなければ、見えるのは真っ暗な闇、黒一色です。後どのくらい望遠鏡の角度を変えればいいのか、振ればいいのか、見当もつきません。

そうして見失ってしまうのです。

これは、何も望遠鏡だけの話ではないのかもしれません。見失う、わからなくなる。周りが見えなくなる。考えることや知ること、生きるということ。様々な問題にも通じることなのかもしれません。

最後までお読み頂きありがとうございました。
伊丹禅教室の茶話会等と同じく、ご意見ご質問等あれば、是非コメントをお寄せ下さい。興味深いご質問、ご意見は、それを元に記事にさせて頂きます。コメント欄は、下の「comment」ボタンより移動できます。コメント欄の使用方法、運用方針はこちらをご覧ください。よろしくお願いします。

 

更新情報の配信はこちらから

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。