自他(坐禅会|2017年6月3日)

本日は坐禅会でした。

参禅とは興味深いものですね。

どんなに自分の意志で、自分で決断してやって来たと言っても、必ずそこに他者との関わりが生まれます。自分か何か行動を起こすということは、人や物など、自分以外の他者との接点が生まれるからです。(ex、呼吸と空気、見ると対象物、坐ると地面・坐蒲・椅子etc)

またどんなに他人に言われてやってきたといっても、最終的に決断したのは自分に他なりません。断るという決断もできたのに、それをしなかったのは、紛れもなく自分自身だからです。

自分だけ、他者だけ、どちらに偏っても物事はうまく進みません。

いや、進まないというか、自分で進まなくしているというか。

実際には自分と他者は一つ(自他一如)で、きっても切れないものなのですから、片方だけで物事を捉えてもうまくいくわけがありません。

そう考えると、自分の悩みといえども、自分だけの悩みとは決していえないし、他人の悩みといえども、全て他人事という言葉では済まないといえるのかもしれません。

「悩みは誰かに話せば半分は解決している」とよく言われますが、自他が共にあるからこそ、そのようにいうのかもしれません。

悩みは自分だけでは解決せず、他人に頼るだけでも解決しない。そんなものなのかもしれません。

そう思うからこそ、皆さんが歩んでいる皆さん自身の人生に、私のお手伝いが少しでも関われるのなら嬉しく思います。

そしてそんな皆さんとの関わりから、私自身も多くの事を学べることを感謝いたします。皆さんが参禅してくれるからこそ、このようなことも書けるわけですね。

思いつくままに書いたら長文になってしまいました。失礼いたしました。

本日はお越し頂きありがとうございました。

最後までお読み頂きありがとうございました。
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