第一編

仏教エピソード

第35話「大事な当たり前」

是諸仏教(是れは諸々の仏の教え)とあるように、上記の七仏通戒偈は、お釈迦さんだけではなく、仏教で代々共通して保たれ、仏教の思想が要約された詩偈とも言われています。
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第34話「子供を亡くした母親キサーゴータミー」

このキサーゴータミーの話には学ぶべきところがたくさんありますが、その中で特に私が感銘を受けたことが、当たり前のことに気づく事で彼女が救われたことです。当たり前のことに気づく大切さを教えてくれます。
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第33話「四の馬」

仏教、特に禅では、必ず「生死」と言います。一生と「生」だけでは言いません。「生」と「死」は切っても切り離せない。仏教では「死」を考えることは避けて通れない道です。
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第32話「最初の説法」

お釈迦さんの本当に最初の最初の説法は、大失敗に終わりました。私も最初の説法と言えば、サールナートでの説法だと思っていましたが、成功の裏にはこのような失敗があったわけです。
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第31話「最期の言葉」

「白大衆、生死事大、無常迅速、各宜醒覚、慎勿放逸」と木版に書かれています。木版が鳴る音を聞くと、私の頭の中には、お釈迦さんの最期の言葉が思い浮かぶことがあります。
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第30話「法を伝える」

悟りを開いてまだ間もない頃、お釈迦さんはある葛藤を抱いていました。それは伝えるかどうかについて。この葛藤こそが、法の伝わり、その始まりなのではないでしょうか。
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第29話「拠り所」

悟りを開いてまだ間もない頃、お釈迦さんはある葛藤を抱いていました。それは拠り所について。これも法の探る一つの手がかりではないでしょうか。
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第28話「琴の音色」

無我というのは「我が無い」のではありません。「我が無い」だと、琴の音色を欲した王様のようなことになってしまうかもしれません。無我というのは「我で無い」のです。
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第27話「賢い兄と愚かな弟」

仏教の智慧は、知恵ではありません。智慧には知恵にない意味が含まれています。知識を詰め込むだけでなく、実践を通して得ていく理解があるからこその智慧。分解すれば彗と心となる慧という字にもそのことが示されています。
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第26話「あらゆるものは変わりゆく」

春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえですずしかりけり。あらゆるものは変わりゆく、この世に常なるものはなし。
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