【ちしょうの本棚】神々との対話、悪魔との対話

私が古いお経について調べる時使う仏教書は、主に以下の二人の著者の本を使っています。

一つが、以前紹介した、増谷文雄さんの仏教書。そしてもう一つが今回、紹介する中村元さんの仏教書です。

中村元さんの著書

中村元さんの著書は、岩波文庫から数多くでており、比較的、入手しやすい本です。

文庫本は持ち運びもしやすく、以前紹介した増谷文雄さんの仏教書より安い。ということで、今回は文庫本の中からご紹介させて頂きます。

著者の中村元さんについて、別の本のそでにあるプロフィールには以下のような紹介があります。

仏教思想・インド哲学の第一人者。仏教思想をその源流にまで遡り、多数の原典を原語から翻訳したパイオニア。

東京帝国大学文学部印度哲学梵文学科卒業。東京大学名誉教授、東方学院院長、比較思想学会名誉会長、学士員会員などを歴任。1912年生~1999年没。

多数の著者がある中で、今回私がご紹介するのは、以下の二つです。

中村元(1986年)『神々との対話 ーサンユッタ・ニカーヤⅠー』岩波文庫
中村元(1986年)『悪魔との対話 ーサンユッタ・ニカーヤⅡー』岩波文庫

どんな本?(神々との対話・悪魔との対話)

タイトルを観て、「神?悪魔?」と少しとっつきにくい印象を受ける方がいらっしゃるかもしれません。

実は、私もその内の一人でした。この本を手に取ったのは、他の著作物に比べて、随分と後のほうでした。

しかし、中村元さんの数ある文庫本の中でも、この二つの選んだのは、ある程度、物語(ストーリー)になっているからです。

おそらく、文庫の中では、一番読みやすいのではないかと、私は思います。(同じ理由で、記事末の『ブッダの最後の旅』もおすすめ)

経典の中に出てくる神々や悪魔の解釈について、人それぞれ色んな見解があるだろうと思いますが、私の中では、一つの表現として受け止めています。

例えば、以下の「仏教エピソード4」も、原文には悪魔が登場していますが、私はお釈迦さんの心理状態を表す一つの表現として受け止めました。

「お釈迦さんって苦行によって悟りを開いたんでしょう?」いえいえ、それは大きな誤解です。確かに苦行はしましたが、お釈迦さんはその苦行を捨てました。皆さんも先入観を捨てて読んでみてください。

漫画などでも、人の心の葛藤を表す表現として、よく「天使と悪魔」が出てきますが、それと同じです。

ただ、仏教エピソードのような翻訳は、原典に忠実かと言われると、私の解釈も反映しているため、そうとは言えません。

しかし、中村元さんの著作は、より原文に近い表現で書かれています。

より原典に近い形で現代文を読みたい場合にお勧めです。

その他、情報(中村元さんの著書について)

私は中村元さんが著書をすべて読んだわけではありませんが、お経を翻訳した著書だけでも、かなりの本があります。

中村元さんの本は、以前紹介した増谷文雄さんの本と同じく、大学の図書館で出会いました。

私が一番最初に手を伸ばしたのが、増谷文雄さんの本なので、そちらのほうが思い入れこそ強いですが、中村元さんの本も、同じように重宝しています。

お経を現代の日本語へと訳してくれたもの。つまり、遠い昔の著作物を現代の私達が読める形にまでしてくれた本ですから、原語が読めない私にとっては、非常に有り難い存在です。

以下、中村元さんの文庫の中で、勉強を始めたばかりの大学時代に、興味をそそられた本を、三つほどピックアップします。

ブッダのことば ースッタニパーター

数多い仏教書の中でも、最も古いとされている経典、スッタニパータなどの翻訳もあります。

中村元(昭和33年)『ブッダのことば ースッタニパーター』岩波文庫

ちなみにスッタ(sutta)は「たていと」、つまり「経」の事を意味し、ニパータ(nipata)は「集成」を意味します。

経の集成」という名の通り、お釈迦さんと弟子達の会話が綴られた70余りの小さな経が集めたものです。

この中には、より古くお釈迦さんの直接の言葉に遡ることができると考えられているお経も含まれています。

そのため、最古の仏教思想や最初期の仏教教団の状況を伝える貴重な経典と言われています。

最古のお経、一番お釈迦さんの直接の言葉に近い経典ともなれば、それだけで興味が湧いてくるのではないでしょうか。

ブッダの真理のことば 感興のことば

「法句経」の名で知られる有名なお経、ダンマパダも、スッタニパータとともに現存する経典のうち最古の経典と言われています。

中村元(1978年)『ブッダの真理のことば 感興のことば』岩波文庫
ダンマは「法」、パダは「言葉」という意味なので、現代語訳では真理の言葉と訳されています。

423の詩で構成され、その名の通り仏教の教えを示す重要な言葉が多く見られます。

古来からもっとも広く仏教徒に親しまれてきたお経で、様々な言語に翻訳されています。パーリ語の原典をはじめ、サンスクリット語、ガンダーラ語、中国語、チベット語、古代トルコ語等で訳され、近代では西洋諸国でも翻訳されています。

また併収の「感興のことば」(ウダーナヴァルガ)についてですが、ウダーナは、日本語では「感興語」と訳されています。ヴァルガは「集まり」という意味です。

それはお釈迦さんが何かに興味が湧き、感じたことに対して自ずと言葉にしたものが集められていることから、そのように言われています。

また似たような意味で、問われていないのにお釈迦さんが自ら言葉にしたという事で「無問自説」とも訳されます。

ブッダの最後の旅

お釈迦さんの入滅について書かれている経典「大パリニッバーナ経」。

入滅とは、簡単に言い換えれば、死ぬということですが、目覚めた人(仏)が亡くなった時には、死去という言葉ではなく、入滅という言葉が使われています。

中村元(1980年)『ブッダの最後の旅』岩波文庫

ここでいう滅は、サンスクリット語でニルヴァーナ(nirvana)と言います。そしてニルヴァーナは涅槃とも訳されています。

つまり元々、ニルヴァーナ、滅、涅槃は同じ言葉で、その意味は煩悩の炎が吹き消されたことを意味します。

故にお釈迦さんの入滅(死去)について書かれている経典は、涅槃経と呼ばれています。

初期の経典では、お釈迦さんの最期の旅から始まって、入滅に至る経過やその後の荼毘や仏塔に関することが書かれています。

パーリ語訳では、 大パリニッバーナ経と呼ばれ、漢訳でその部分に相当する部分は 遊行経と呼ばれています。

ちなみに、大乗仏教では、 大般涅槃経(だいはつねはんきょう)と呼ばれる経典がありますが、同じ場面を舞台としているものの、仏が入滅したのは方便であることが説かれ、今回ご紹介した「大パリニッバーナ経」とは内容が異なります。

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