坐禅から見える見えない配慮|坐蒲の白い布

ここの所、新型コロナウイルスの影響により、坐禅会などを含め、様々な行事が中止となりました。

それも緊急事態宣言も解除され、6月に入りました。限定開催ではありますが、久しぶりに坐禅会を行うことができました。

ただし、開催には、さまざまな感染防止対策が欠かせません。

前例もないことですから、今はただ、兵庫県から出されている「感染拡大予防ガイドライン」を基に、対策を講じております。

(2020年7月2日更新) 7月の伊丹禅教室につきましても、前月6月同様、新型コロナウイルス感染防止の対策を講じた上での開催となります。 ...

その中の一つにソーシャルディスタンス、いわゆる対人距離(できるだけ2mを目安に(最小1m))を確保するということがあります。

その為、たん(坐る場所)の配置も、距離を取れるように、少し変えました。

そうして、改めて単の配置などを考える中で、坐禅の中にある、とある配慮に気がつきました。

坐蒲から見えた見えない配慮

今回の発見は、坐蒲についてです。

坐蒲とは、上記の写真丸い敷物(クッション)のことです。

坐蒲の白い布の意味

この坐蒲には、白い布がついています。修行道場では、そこに自分の名を書き、坐禅の際には自分の坐蒲を用います。

名札

いわゆる名札としての機能があるわけです。

坐蒲

左が修行道場で使っていた坐蒲。右が自作の坐蒲(綿を詰める前)

綿を詰めた後の自作の坐蒲

ただ、荒村寺の坐禅会では、お寺で坐蒲を用意しているので、この名札としての機能は必要ありません。

ですから、手作りした坐蒲には、この白い布を付けずにいたのです。

しかし、作ってみて初めて気づいたことがありました。それが白い布は必ず、綿を詰めるための口の部分についてあるということです。

名札であれば、何処につけてもいいはずですが、全ての坐蒲が、白い布が綿を出し入れする口の部分にあるのです。

これはどういうことなのでしょうか?

坐蒲を大事に用いる工夫

その答えは、坐蒲から綿が出ないように、また、できるだけ痛まないように坐蒲を用いる工夫なのではないかと私は考えました。

その理由は、坐禅指導の際に説明していることにあります。

坐禅の作法で、坐る際に必ず、この白い布の部分が、自分の背中と同じ方向になるように坐ります。

曹洞宗では、坐禅は面壁、つまり壁を向いて坐ります。

つまり、坐禅をしている人を背中から見ても、坐蒲を見れば、誰が坐っているのか、その名前を見ることできます。これは、名札としても機能していますね。

また、坐蒲に坐る際には、坐蒲の前から半分を使って坐ります。

坐蒲の白い布が必ず背中側になるので、結果的に、綿の出し入れをする口の部分の上に坐ることがありません。

口の部分に圧力がかかると、口が浅ければ、そのまま綿が出てきてしまいますから、それを防ぐことができます。

ちなみに、自作の坐蒲は、どの方向からでも坐っても綿が出てこないように、念のため、口を深くして作りました。

ただし、そうすることで、綿を詰める作業が大変になりました。

中には、口が深すぎて、無理矢理手を突っ込まないと綿が入れられない事に……。結果、口の部分が傷みやすくなってしまうわけです。

まぁ、坐蒲だけに限らず、他の日常の道具でも、口の部分は損傷しやすいのでしょうね。

そういうことも、全部、おり込み済みで、坐蒲の作り方があるわけです。

こういう見えない配慮が坐蒲の中にはあり、結果としてそうした方が、坐蒲を長く大事に用いることができます。

ただ、うちの坐蒲はもう既に、綿が出ないように口を深くしてしまったので、白い布を付けないまま、今まで使ってきました。

そして、今回、改めて坐禅の単の配置などを考える中で、坐蒲にある見えざる配慮に、新たに気づかされたわけです。

坐る方向

それが坐る向きが明確に分かるという事です。

改めて、この写真を見てください。

前述しましたが、曹洞宗では、坐禅は面壁、つまり壁を向いて坐ります。

それを踏まえて……、この赤丸の位置に坐るとしたら、どちらを向いて坐りますか?

私としては、襖の方ではなく、白壁の方を向いて坐ってほしい……、が、これを観た時「襖の方に向いて坐る人もいるんじゃないか」と思いました。

しかし、こうすると……、

なんとなくですが、坐る方向がわかりませんか?

坐蒲を用いる際に、白い布を必ず背中の方向にするという作法があることは前述しましたが、坐蒲を置く際にも、作法があります。

坐禅後、坐蒲を調えて置く際には、白い布を自分の方に向けて置きます。

正位置と言えばいいんででしょうか。つまり、置く方向が決まっています。

それを踏まえると、どちらを向いて坐るかは、白い布があると、一目瞭然になります。

坐禅をする際、坐禅堂(坐禅する部屋)に入ると、参禅者は一切、しゃべりません。これも作法の一つです。

しかし、そんな時、どっちの向きに坐っていいかわからないせきがあったら、戸惑うでしょう。きっと誰かに「どっち向いて坐ればいんでしょうか?」と聞きたくなるでしょう。

そういうことがないようにとの配慮を、この白い布から感じました。

そもそも、坐禅堂の単の配置ではこういうことが起こりようがない配置になっていますが、それも、しゃべらなくてよい環境づくりを二重三重としてあるのかもしれません。

他にも坐禅堂には、配置を含め、気づかない所に、様々な配慮がされている。そう感じることがよくあります。

ということで、今回は、白い布に着目して、記事を書きましたが、また機会があれば、他の部分のことについても書きたいと思います。

とりあえず、今からでも、坐蒲に白い布をつけていきたいと考えています。

一度に全部とはいきませんが、ちょっとずつ、白い布のついた坐蒲が増えていくことでしょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。
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