
「王様になれば、皆が救われる」——その言葉は、どこまでも正しく聞こえました。
お釈迦さんに近づいてきた少年の言葉は、純粋で、筋が通っていて、反論しにくいものでした。なぜお釈迦さんは、その言葉を悪魔のささやきと呼んだのでしょうか。
そして、雪山ほどの黄金があっても「足りない」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
禅僧随想録に、仏教トークの新しい記事を書きました。
悪魔のささやきは、いつも間違った顔をしているわけではありません。
むしろ、正しく見えるとき、筋が通って聞こえるとき——そのときこそ、気をつけなければならないのかもしれません。
今回の仏教トークは、雑阿含経をもとにした対話形式の記事です。
お釈迦さんと少年のやりとりを、ぜひ最後までお読みください。

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日々の"心"を形に
