兵士と信者の言い争い|どんなに素晴らしい教え(道具)でも使い方を違えば本来の意味を失う

兵士と信者の言い争い

兵士1
兵士1

お釈迦さんが説いていた「受」について、聞きたいことが有るのですが……

兵士1
兵士1

信者のあなたなら何か知っているのではありませんか?

兵士1
兵士1

受には、「楽(+)」「苦(-)」の二つがありましたよね。

信者1
信者1

それともう一つ「不苦不楽」の受を合わせて、三つがありますね。

兵士1
兵士1

仮に、無関心だったとしても、それは、関心がない、何も受けないってことだから、「受」ではないはずでしょう?

 

だから、二つですよ。

信者1
信者1

いいえ。三つです。

兵士1
兵士1

あなたじゃ話にならないですね。

信者1
信者1

あなたこそ、人に聞いといて何なんですか!?

お釈迦さんは確かに、三つと言っていました!

兵士1
兵士1

どうやら、お釈迦さんに直接聞いた方がいいようですね。

信者1
信者1

望む所です! どっちが正しいか、白黒つけるとしましょう。


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兵士と信者の言い争い|受は二つか、三つか、それとも——
「受(じゅ)は三つ」「いや二つだ」と言い争う兵士と信者が、お釈迦さんに直訴します。お釈迦さんの答えは一つでも、無量でも——。雑阿含経第485経をもとにした会話形式の仏教解説です。

 

 

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