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仏教トーク(10月3日)

「これは清浄だ」と宣言すれば、清浄になるのか──牛の糞と浄・不浄の話
牛の糞は汚いもの、というのは本当でしょうか。浄・不浄は誰が決めるのか。お釈迦さんは「宣言では変わらない」と言いながら、「変化はする」とも語ります。では、その境界線はどこに引けるのでしょうか。
本記事は「雑阿含経巻第37-1039」の内容をもとに作りました。
牛の糞は不浄。肥料は浄。白と黒、浄と不浄、善と悪。それらに関わるお話です。
動画仏教トーク(10月17日)

異比丘・異比丘尼について
「出典:雑阿含経巻第21-561」今回はお釈迦さんはお休みです。アーナンダさんの説法になります。私達は欲に振り回されることがあります。この欲を断ずるにはどうすればいいのでしょうか。
編集後記に「異比丘尼について」を記しました。
「出典:雑阿含経巻第21-564」仏教トーク
アーナンダ(阿難)に恋をしてしまった一人の女性出家者。アーナンダへの想いから彼女は大胆な行動に打って出ます。彼女の誘惑に対してアーナンダさんはどう応えたのか?
仏教トーク(11月3日)

自分がされて嫌な事は他の人にもしない──その当たり前を、あなたはなぜと問えますか
自分がされて嫌な事は他の人にもしない。誰もが知っているこの当たり前に、あなたはなぜと問えますか。お釈迦さんと二人の男性の対話から、見失いがちな当たり前を見つめ直します。
本記事は「雑阿含経巻第37-1039」の内容をもとに作りました。
「自分がされて嫌な事は他の人にもしない」というのは簡単です。当たり前の事です。しかし、案外、人は当たり前のことほど、よく見失いがちです。
動画仏教トーク(11月21日)

お探しのページは見つかりませんでした。 – 禅僧随想録
日々の"心"を形に
「雑阿含経巻第21-572」の内容が基になっています。
黒い牛と白い牛ですが内容は「卵が先か鶏が先か」といったような話です。ずっと昔から人類は同じようなことで考えてしまうのですね。
仏教トーク(12月5日)

貧相な修行者がやってきた──妄りに人を量ってはならない
貧相な身なりの修行者を軽んじた弟子たちに、お釈迦さんは静かに言いました。「妄りに人を量ってはいけません」と。孔雀と鴻鵠の詩偈が、その理由を語ります。
「雑阿含経巻第37-1063」の内容をもとに作りました。
孔雀は荘厳な羽を以て着飾るも大空を舞う鴻鵠の如くならず。外見を美しく着飾るも功徳を積んだ貴さには及ばず。今、この弟子は良馬の如くよくその心・行を調う。欲望や思い込みから離れその身心を以て、魔を打ち破る。
補足
鴻鵠について
動画仏教トーク(12月19日)

お探しのページは見つかりませんでした。 – 禅僧随想録
日々の"心"を形に
「雑阿含経巻第22-614」の内容が基になっています。
「大丈夫!」と普段何気なく使っている言葉は仏教由来の言葉です。自己の身心をよく観察し、考察し、よく知る。これが「大丈夫」という意味です。
