第31話「最期の言葉」

更新日 2017-08-09

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第31話「最期の言葉」

メッセージ(上)

木版.jpg

大衆に白す(だいしゅにもうす)
生死の事は大なり(しょうじのじはだいなり)
無常は迅速なり(むじょうはじんそくなり)
各々宜しく醒覚すべし(おのおのよろしくせいかくすべし)
慎んで放逸すること勿れ(つつしんでほういつすることなかれ)

これは木版(もくはん)と呼ばれる鳴物(ならしもの)の一種です。

お寺で音の鳴る物として、皆さんがイメージするのはなんでしょうか?
除夜の鐘? それとも木魚でしょうか? 
実はそれ以外にも寺院にはこういった鳴物が数多くあります。

(しょう)、(く)、(はん)、手磬(しゅけい)、(けい)、(つい)、(ぎょく)、鼓鈸(くはつ)、戒尺(かいしゃく)、(たく)、木魚(もくぎょ)、(れい)などなど……。

それぞれ鳴物(ならしもの)には意味があるのですが、
この木版は諸事を知らせる時に用います。
ちなみに荒村寺の禅教室では、皆さんに本堂に集まってほしい時、
例えば坐禅が始まる少し前などに鳴らしています。

荒村寺の坐禅会に来られる方にとっては、
この木版の音はすっかりお馴染みだと思いますが、
実はここにもお釈迦さんにまつわるエピソードが隠れています。

正確には、私がこの木版の文字に初めて関心を寄せた時に、
瞬時に結びついたのが、このお釈迦さんの最期の言葉でした。

エピソード(長阿含経巻第四「遊行経」)

お釈迦さんは弟子達に言いました。


「皆さん。もし仏に関して、また法に関して、僧(つどい)に関して、
 何か疑問があったら、また道に関して何か疑問があったら、
 どうぞ何でも聞いてください。
 後になって、あの時聞いておけばよかったと、後悔しないように」


しかし弟子達は黙り続けていました。
お釈迦さんはまた弟子達に言いました。


「皆さん。もし恥を感じて敢えて問わないのであれば、
 友人から聞いてもらってもいいですよ。
 後になって後悔のないように」


しかしまた弟子達は、また黙り続けていました。
そこで弟子の一人であるアーナンダさんが言いました。


「私は信じています。
 ここにいる皆は仏に関して、法に関して、
 僧に関して、また道に関して、
 誰一人疑っているものはいないと」


「私もまたこのように思います。
 今ここに集まる弟子の中で、どんなに若く未熟な者でも、
 きっと道を見つけ、外れることがないでしょう」


そこでお釈迦さんは最期に告げました。


「では、皆さん。私はあなた達に告げます。
 あらゆるものは変わりゆき、この世に常なるものは無い。
 怠ることなく落ち着いて、修行に精進してください」

メッセージ(下)

大衆に白す(皆の者に申し上げる)
生死の事は大なり(生死の問題は重大な事である)
無常は迅速なり(あらゆるものの変化は本当に速やかである)
各々宜しく醒覚すべし(各々ぜひとも目を覚ましなさい)
慎んで放逸すること勿れ(慎んで怠ることのないように)

いかがでしょうか?
木版の音を聞いた時、
こんなメッセ―ジが込められていることを、私は時々思い出します。
それと同時に思い出すのが、お釈迦さんの最期の言葉。

最後まで、弟子に応えようとしていたお釈迦さんの想い。
そして最期の最後に、弟子達のために残した言葉。
時を隔ててなお、こうして今の私達にも語りかけてくれる。

そんなことを想うと、怠けずに精進しようと気持ちが、
どこからともなく湧いてくる気がします。

2017年1月サイン鳥.gif

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最後までお読み頂き、ありがとうございました。