仏教エピソード

第5話「食いしん坊な王様」

お釈迦さんと食いしん坊な王様とのお話。
この王様は、古代インド、コーサラ国の王で、名をパセーナディと言います。彼は毎日大食いを繰り返し、その身体は、まんまるに太っていたそうです。
そんな彼に対する食に関するアドバイス、それが今回ご紹介するお話です。

 エピソード(雑阿含経巻第42-1150「喘息経」) 

コーサラ国の首都、シラーヴァスティ。
ここに、パセーナディという一人の王様がいました。彼はとても食いしん坊で、毎日毎日たくさんのご飯を食べていました。その身体は、肥えに肥え、まんまると太っていたそうです。
ある日、お釈迦さんが近くやって来ることを聞いた彼は、一目、お釈迦さんに会ってみようと思いました。
その日の朝、彼はいつものように大量の朝ご飯を済ませ、召使いの少年と共に、お釈迦さんのもとに向かいました。
しかし、パンパンに膨らんだ彼の胃と、その丸々とした身体では、歩くのでさえ一苦労。
お釈迦さんの下に着く頃には、その息はフゥフゥと苦しそうで、全身にはダラダラと汗が流れていました。
その様子を遠くから見ていたお釈迦さんは、彼が近づくなり、すぐにこう言いました。
「しっかりと気をつけて、自分に応じた量を知り、節度をもって食事をとりなさい。そうすれば、苦しみは少なくなって、安らかに、長く生きることができるでしょう」
それを聞いた王様は、何か考える所があったのでしょう。共に来た召使いの少年に、こう頼みました。
「よいか。今、お釈迦さんが言った言葉をそのまま覚えておきなさい。私が食事をする時に、その言葉を毎回唱えておくれ。お駄賃もあげるからよろしく頼む」
「かしこまりました! 王様」
そこで少年は、お釈迦さんに頼んで、一生懸命この言葉を暗記しました。
それからというもの、王様がご飯食べる時にはいつも、この召使いの少年がお釈迦さんの言葉を唱えました。毎回毎回、この言葉を聞く度に王様の頭の中には、お釈迦さんとのやりとりが思い浮かびます。
するとどうでしょう。日に日に、王様の食事の量が減っていったのです。
やがて王様の身体にも、ある変化が現れました。身体は徐々に痩せていきました。身体も健やかになってきました。容姿も端麗になっていきました。
王様は大変喜んで、お釈迦さんがいるであろう方角に向かって手を合わせて、こう言ったそうです。
「お釈迦さんは、私に二つのご利益(りやく)をお恵み下さった! 私はあなたのおかげで、現在のご利益(元気で容姿端麗な身体)と未来のご利益(長寿と健康)を手に入れた!」と。
食いしん坊な王様

メッセージ

お釈迦さんの時代から、僧侶がご飯を食べる時に用いる器を「応量器(おうりょうき)」と言います。
応量器

日本曹洞宗で使われる応量器

文字を分解すると、「適応を量る器」。まさしくお釈迦さんの言葉にあるように、「自分に応じた量を知る」ための器です。
曹洞宗の修行道場では食事の際、応量器を用い、細かな作法に基づいて食事をします。
おかわり等の作法もあるにはあるのですが、必然的に一食の量はだいたい決まってきます。しかし当時、私は応量器の意味すら考えもしませんでした。
それまでの人生の中で、食べ物を当たり前のように食べていた私にとっては、応量器を使った道場の食事はとても物足りないものでした。
そこで私は、なんとかしてこの物足りなさを満たそうと考えました。実際に裏で余っていたご飯を食べたりしていました。
ところがある日、私は自分の足に違和感を覚えました。
その正体は、現代ではあまり聞くことはありませんが、「脚気(かっけ)」という病気でした。
道場の決まり通りしていれば、恐らく問題なかったはずです。
しかし、食欲に負け、我慢できずに白米を食べ過ぎたのが、おそらく原因でしょう。
私はこの時初めて、食欲の恐ろしさを実感することになりました。
今思えば、食欲に翻弄される私の姿は、このエピソードに登場する、まんまるに太った国王の姿と妙に重なります。お釈迦さんの国王に対するアドバイスは、そのまんま私に対するアドバイスでした。
「応量器」の示すところも、このエピソードの示すところも、「自らに応じた量を知る」ということです。適応とは、過不足なく、その場の状況や条件に当てはまることです。
ここで思い起こすのが、「中道」の教えです。食べるということも、中道の具体的な実践と繋がっているわけです。
もちろん食べ過ぎは私達の身体に、様々な悪影響を与えます。しかし私達は食べなければ生きていけません。
「食べる」ということは、「生きる」ということであり、「どう食べるか」は「どう生きるか」ということに結びつきます。それだけ食べるということは、私達の生き方を表すほどの影響力があるのだと思います。
このエピソードは修行が特別なものではなく、むしろ私達の身近な出来事が、仏教の実践と結びついていることを示すものだと思います。
私にとっては実体験と結びつきながら、食に対して考えるきっかけを与えてくれました。
福田智彰

2013年5月