ネーランジャラー河のほとりにある菩提樹。現在ブッダガヤと呼ばれるこの地で、お釈迦さんは悟りを開きました。そして様々な葛藤の末、法を伝える決意をしました。
「はっきりとせず難しい」
「誰も信じてくれないのではないだろうか」
「ただの徒労に終わるかもしれない」
そんな不安もあった為か、お釈迦さんはしばらく考え込みました。
「一体誰に伝えたら良いだろうか」と。
最初に思いついたのが、かつて自分が弟子入りしていた思想家の先生達でした。
お釈迦さんは、王族の暮らしを捨て、出家の身となった後、アーラーラ・カーラーマ、そしてウッダガ・ラーマプッタという二人の思想家の下で学んでいたことがありました。
しかし、残念なことに彼らはすでに亡くなっていることを知りました。
そして次に思いついたのが、かつて苦行生活を共にしていた5人の仲間達でした。
苦行を捨てたお釈迦さんは、彼らから見れば謂(い)わば脱落者でしたが、他に心当たりもありません。
お釈迦さんは決意を固め、ブッダガヤよりはるか遠く、約300km離れたサールナート(鹿野苑)へ向かって歩き始めました。
そしてその道中で、ウパカという修行者と出会ったのでした。
エピソード(中阿含経卷第56-204「羅摩経」)
道を行くお釈迦さんを見て、ウパカさんが声をかけました。
「あなたは他の修行者と比べて、なんだか雰囲気が違いますね。あなたの師は誰ですか? どのような法を信じているのですか?」
「いえ……。法を信じるというのであれば、私は全ての法に執着していません。敢えて言うのであれば、それは自ずから気づいたのです。ですので、師匠と呼べる人はいません。
等しいものもなく、勝るものもなく、自ずからこの上ない悟りに気づきました。
あるがままの全てが教えてくれていて、その力は隅々にまで行き渡っていることを知りました」
「つまり……、自分が勝(まさ)っていると?」
「勝るとはあるがままであるということ。そういう垢(よごれ)が落ちたことをいうのですよ。そういった法の障害となるという意味では、勝るといえるかもしれませんが」
「(あなたの話は)……、一体どこにいこうとしているのですか?」
「私はヴァーラーナシーの方へ向かっている所です。未だに表現しようがない所ではありますが、法が伝わればと思っています」
「ははは……、そうだといいですね~」
ウパカさんはそう言いながら、元来た道を歩いていきました。
メッセージ
ウパカさんと別れた後、お釈迦さんは再び歩き続け、やがてヴァーラーナシーのサールナートに到着しました。そしてそこで、かつて苦行を共にした5人の仲間に説法を行いました。
この時に話した内容は、中道や四諦八正道に関することから始まります。(中道や四諦に関しては、 伊丹禅教室の法話会でお話しています)
その出来事は、初転法輪(しょてんぼうりん)と呼ばれています。
はじめて法の輪が転じた、つまり初めてお釈迦さんの伝えたかったことが伝わったのがこの時です。現在、サールナートは、初転法輪の地として、仏教の四大聖地の一つとされています。
最初の説法と言えば、どちらかというと、初転法輪が注目されますが、その有名な初転法輪の直前に起ったのが今回のエピソードです。ちなみにこの話は、経典上においても、初転法輪の直前に合わせて載っています。
初転法輪が説法の成功とすれば、今回の話は明らかに説法の失敗。
成功した出来事に注目が集まり、失敗した出来事はその陰に隠れてしまう。そういうことは、この話だけに関わらず、よくあることなのかもしれません。
現に私も最初の説法と言えば、サールナートでの説法だと思っていました。しかし、成功の裏にはこのような失敗があったわけです。
説法と言えば、お釈迦さんの説法の仕方は、対機説法であると言われています。
対機説法とは、例えば、お医者さんは患者さんを診断して、病気に応じた薬を処方します。それと同じように、お釈迦さんはその人を見て、それに応じて法を説いていました。
私達一人一人、素質、能力、立場や思想、問題意識など、それぞれ人によって異なります。お釈迦さんは、それらに応じて、臨機応変に法の説き方を変えていたわけです。
それがお釈迦さんの説法の基本的なスタイルですが、しかし、初転法輪に関してはそれが当てはまりません。
四諦八正道が、後々、理論立てされた仏教の教義として残っているように、問われたわけでもなく、最初からしっかりと理論立てた話をしています。
どうしてそうなったのか?
それは初転法輪と呼ばれるサールナートでの説法の前に起った出来事、ウパカさんに対する説法の失敗があったからこそだと私は思うのです。
お釈迦さんは説法することに対して、最初は非常に消極的でした。説法するかどうかで葛藤し、次は、誰に伝えるかどうか、ということでも思い悩みました。
そして、ようやく決意して向かったのが、約300km離れたサールナートにいる人達です。誰でもよいのであれば、他にも近くにたくさん人がいたはずです。
「あの5人ならば伝わるかも……」
決意とは裏腹に、やはり相当、人に伝えられる自信が無かったのだと思います。
そんな思いで歩いている所に、ウパカさんとの出会いがありました。
ウパカさんの問いに応じて、自分の思うように話をした結果、「そうだといいですね~」と相手にされない始末。
そこからサールナートへと向かう道中の想いを想像すると、なんだかいたたまれない気持ちになってきます。
しかしまた、この失敗がお釈迦さんに、どのように伝えるか、考えに考え抜くきっかけを与えたくれたのだと思います。
ひょっとしたら、この失敗がなければ、今では初転法輪として残る有名な話が、ウパカさんとのやり取りのような結果になっていたかもしれません。
この失敗があったからこそ初転法輪と言う形で後世に残るほどの説法につながっただと思います。むしろ、初転法輪を語る上では、今回のエピソードは欠かせません。
本来、成功と失敗は切っても切れない。そういうものなのではないでしょうか。