お釈迦さん ゆかりの地

更新日 2017-08-09

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お釈迦さん ゆかりの地

お経はその成り立ちから、お釈迦さんの説法の内容はもちろん、
「どの場所で」ということについても、述べられています。
そのため、お経(特に初期)には、当時の国名や地名がよく出てきます。

ここでは、お釈迦さんが生きていた時代のインドの地理を紹介します。

地図

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※地図をクリックすると、別ウィンドウで表示されます。

解説

四角で囲まれた地域が、お釈迦さんが生涯の中で、
主に活動した場所となります。
四角の横幅が実際には、約600km、東京~岡山間の距離です。

現在のインドは、南アジアの半島部分全てを含む、
広大な面積を誇る国ですが、
古代インドでは、ガンジス川流域に、
約16の国があったと言われています。

地図上の国は、経典でよく、その名が見られますが、
中でもコーサラ国とマガダ国は、特に力を持った国でした。
カーシー国は、お釈迦さんが生まれる以前は、最大の勢力を持った国だったと言われています。

四大聖地

お釈迦さんの生涯において、
特に重要な出来事があった四つの場所を「四大聖地」と呼びます。

①ルンビニ(地図 北部)
お釈迦さん、誕生の地

ネパール南部タラーイ地方に位置します。
1986年、アショーカ王建立の石柱が発見されました。
そこに刻まれた文字により、
ここがお釈迦さんの誕生の地であることが確認されています。

②ブッダガヤ(地図 南東部)
お釈迦さんが菩提樹の下、悟りを開いた地
ネーランジャラー河(現在のパルク河)が、この傍を流れています。
現在、52メートルの大きな塔、マハーボーディ寺院が建っています。

③サールナート(地図 中央南西部)
お釈迦さんが初めて説法(初転法輪)をした場所
漢名では、「鹿野苑」(ろくやおん)と呼ばれます。

かつて苦行生活を共にしていた仲間を訪ね、
ブッダガヤから約300km離れたこの地までやってきて、
初めての説法を行いました。

④クシナガラ(地図 中央北東部)
お釈迦さんが亡くなった(入滅)場所
80歳の時に、沙羅双樹の下で亡くなったと言われています。

「あらゆるものは変わりゆき、この世に常なるものは無い。
 怠ることなく落ち着いて、修行に精進してください」

経典によれば、これがお釈迦さんの最期の言葉となっています。

その他の地

⑤カピラヴァスツ(地図 北部)
お釈迦さんの故郷
釈迦族による部族国家の中心の町です。

カピラヴァスツの場所には、二説あります。
①ルンビニから約24km離れた場所、現在ネパール領ティラウコット。
②ルンビニから約15km離れた場所、現在インド領ピプラーワー。

お釈迦さんの晩年に、故郷である釈迦族の国は、
コーサラ国によって滅ぼされたと言われています。

⑥シラーヴァスティ(地図 北西部)
コーサラ国の首都
漢名では「舎衛城」(しゃえじょう)と呼びます。

有名な「祇園精舎」(ぎおんしょうじゃ)は、この地にありました。
お釈迦さんによって、多くの説法がこの地で行われました

⑦ウルヴェーラ(地図 南東部)
ウルヴェーラは、漢名で「苦行林」と呼ばれています。
その名からもわかるように、
お釈迦さんが苦行を行った場所だとされています。

⑧ヴァーラーナシー(地図 中央南西部)
カーシー国の首都

⑨ナーランダー(地図 南東部)
お釈迦さんが最後に旅をした際、立ち寄った場所

5世紀頃~12世紀頃は、仏教教学の一大中心地として栄えました。
三蔵法師として有名な玄奘も、ここで学んだと言われています。

⑩ラージャグリハ(地図 南東部)
マガダ国の首都
漢名で「王舎城」(おうしゃじょう)と呼びます。
当時ここは、マガダ最大の都として、
文化的にも経済的にも栄えていました。

最初の仏教寺院である「竹林精舎」(ちくりんしょうじゃ)は、
この地にありました。
お釈迦さんが最も多く居た場所と言われています。

⑪霊鷲山(地図 南東部)
「りょうじゅせん」と読み、霊鷲の鷲は、禿鷲を意味します。
霊鷲山の山頂は、わずかに平らになっており、その山頂の形がその名の由来とされています。
霊鷲山を含む五つの山が、ラージャグリハを囲むようにそびえています。

お釈迦さんの説法の場の一つとして知られています。

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